< 蛇を産む >


 この表題は文学的な比喩表現ではありません。言葉どおりの話です。
人間の女である私が、蛇の仔を産む。
擬似的な行為ではなく、正しく私の卵が蛇の精と結ばれて妊娠し、出産する。
その途方もない夢をついに叶える物語です。

 世の中には数えきれないほどの人がいて、数えきれないほどの個性があります。
性癖もまた千差万別で、現代社会においては、レズビアン、サディスト、ニンフォマニアなど、
異常な性的興奮を嗜好する人も少なくないことが知れてしまっています。
私もその一人です。
私が本気で蛇を愛してしまったのはなぜなのか・・・
おそらくは、幼少期にテレビで見たアナコンダが交尾する映像に
強いショックを受けたことが切っ掛けだったかもしれません。
実は、子どもの頃は蛇が嫌いでした。
手も足もない、なめらかに“うねる”奇怪なフォルム。
舌を出し、無機的な目を光らせて威嚇する様は比類なくおぞましいものとして映りました。
幼心に植え付けられた蛇に対する恐怖は、次第に色を変え、貌を歪め、
思春期を超える頃には、私の性欲を激しく刺激するようになっていたのです。

 そう、今から思い返せば、初恋の相手は蛇でした。
16歳のときに一目惚れしたアナコンダの亜種にあたるペイルナンタは、
地球上に数多生息する蛇の中でも極めてグロテスクで凶悪な容貌をしており、
その姿に畏怖と嫌悪を感じれば感じる程に、言いようのない劣情が盛り上がって、
図鑑の写真を眺めながら、毎晩のように自らの指で慰めました。
こんな異様な生き物に興奮する自分は、もう並の変質者ではないと激しい自己嫌悪に苛まれ、
多感な当時は特にその性癖を吐き気を催すくらいに恨んだりもしました。
しかし、部屋は蛇の写真集やビデオで埋まり、取り憑かれたように蛇の醜美を追い求めた私は、
高校卒業の頃には、もう引き返すことなどできないまでに蛇の虜になっていたのです。

 ある機会に夢のようなことが起きました。
一人暮らしを始めた私の部屋に、積年の想い人であるペイルナンタが来たのです。
来た理由は詳しく書きません。
博物館同士における大人の事情と私の立場の偶然による結果・・・とだけ言っておきます。
理由はどうであれ、ペイルナンタは非常に高額で、国内では私の元に来たのが唯一の一匹。
そして“彼”はオスでした。
その日から私の人生は彼中心で回るようになり、蜜月の同棲生活は深まっていったのです。

 彼とは毎晩のようにセックスしましたが、それはただお互いに絡まり合っているだけで、
本当の意味で繋がり結ばれたわけではありません。
私の部屋は常に温度や湿度を彼にとって一番快適な状態に保ち、
彼の贅沢や欲求を可能な限り叶え、水場や餌場、その他の環境を整えました。
これらの献身は勿論、私の一方的な恋心がさせているのですが、
それでも私はたった一つの見返りを望みました。
それは私を彼にとっての“女”として求めてほしいということ。
どれだけ肉体を絡め合っても、それは彼を使った自慰行為の域を出ません。
笑い話のようですが、冗談抜きで何度も絞め殺されそうになりながらも、
私は一つの決意をしていました。
私の人生の全てを捧げて叶えたい目標・・・彼と添い遂げること。
彼と私との確実な愛の結晶を築き上げること。
私は彼と契りを結び仔を孕むための研究を始めました。

 私は彼の年齢を調べ、繁殖期を割り出しました。
その結果導き出されたのはおよそ1年後。
彼の体長は倍の4メートルに達している見込みで、
蛇の性器である体内に格納された交尾腕も、
その時期には20センチ近くに達することが予測できました。
それまでに私は彼の仔を孕める体にならなければならなかった。
彼には彼のままでいてほしいし、唯一無二の彼に何かあっては取り返しがつかない。
だから、私自身こそを彼のお眼鏡にかなうメスの躯に改造する必要があるのです。

 まず交尾交配を成立させるためにはどうすべきかを考えました。
子どもが欲しいだけなら体外受精という手もあるでしょうが、それはダメです。
私はちゃんと彼と“つがいたい”のですから。
彼と肉体を繋げて愛し合って、彼自身の欲望から放った精子を受け入れて妊娠する。
それこそがオスとメスの間に交わされる本来の愛のいとなみではないでしょうか。
今のままでは、彼はあくまでも異種である私を生殖活動を行う対象としては捉えていません。
だから同種であると錯覚させる必要がありました。
錯覚と言うと騙しているみたいで嫌なのですが、
実際私自身は人間ではなくメスヘビに生まれ変わったのだと考えているので、
これは錯覚というより、気づいてもらうと表現することのほうがしっくりきます。
その具体的な方法ですが、繁殖期にメスヘビが分泌する臭いへ注目しました。
オスヘビはこれに誘われ交尾の体勢をとるのです。
ペイルナンタのメスの分泌成分は入手できませんでしたが、
アナコンダの貴重なサンプルから成分を解析し、
かなり近いものを複製することに成功しました。いえ、近いどころか、
生殖欲を刺激するインパクトはマスキング分泌液ほどのものを再現しました。
効果は抜群で、彼は激しく興奮し、彼の身に格納されていた交尾腕を突き出して
私の眼前で交尾弁をいきり勃たせてアピールしてきました。
はじめて彼の“おちんちん”を目の当たりにした気色悪さと、愛おしさは、
私に一つのステップをクリアさせたという満足と更なる追求の意思を確認させます。
繁殖期までまだ間があり、交尾腕から射精はされませんでしたが、
回数を重ねる都度、賢い彼は学習し、私の膣へ交尾腕を挿入させることを覚えました。
私たちは、やっと夫婦になれたのです。

 同じホ乳類同士であれば、例えば人の卵子が犬の精子で受精することは可能です。
ただし、それは胚発生の途中で死に、人は犬を産めません。
爬虫類が相手では尚の事ハードルは高く、まず受精すること事態が既に困難でした。
ホ乳類は他の種族と比較しても交雑可能範囲は広く、
中でもハムスターは環境さえ整えば異種との交配が可能とされている。
着床の問題は置いておいて、まず何より爬虫類の精子を受精しなくれはならない。
これの研究に半年を費やし、私は受精可能な肉体を獲得することに成功しました。
異種の受精を排除するシステムとして、卵子の透明帯が上げられます。
酸性の透明帯によって異種の精子は異物と見なされ、
卵核に到達する前に精子を溶かして殺すのです。
私の開発した新薬「強制アクロソームリアクション」は、
注射器を使って卵巣に近くに打ち込むと、卵子の透明帯を薄く無力化できます。
いわゆる“精子のふるいがけ”を行わないわけです。卵子が完全に無防備になるので、
これでどのような脆弱な精子でも卵核に容易く接触できます。
接触すれば次は融合です。本来なら異種間での精子と卵子の細胞膜融合は起きにくい。
異種交配によって生まれる子供は畸形であったり早死する可能性が高く、
安易に異種間の受精を成立をさせないよう異種の精子を排除するチェック器官は
透明帯のみならず卵核にも備わっていたわけです。
それが卵核表面のCD9という細胞にあるタンパク質の役割とされ、
これも先の新薬によって制御を麻痺させることで、
卵子は異種の精子を無条件に受け入れるようになりました。
さて、どんなに脆弱な精子でもこれでまず受精はします。

 さらに次のステップである先体反応ですが、受精以降の卵割、胚発生については、
相同染色体があれば染色体数が違っても成立することがわかりました。
ここが問題なくいったのは奇跡だと思います。
ペイルナンタは蛇科蛇目の中での雑交率が高く、多くの雑種が発生しており、
言い換えれば極めて受精力が強いということで、それが幸いしたのです。
徐々に精製できるようになった彼の精子と私の卵子を使って
シリンダーやプレパラート上で実験を繰り返してきました。
冷たい硝子器の上とはとはいえ私の卵子と受精させた実験は、
女の部分を狂おしいまでに興奮させ、驚く程私を濡らしました。
精液を蓄え始めた彼が、実に男らしく目に映るようになり、
その怪力な胴にぎゅうぎゅう抱かれて子どもを授かることを想像したら、
何もかもが恍惚の彼方へと消えました。

こうしてギリギリ、私の肉体は彼の繁殖期に間に合ったのです。

 

 私はベッドの上に横になり彼を招き寄せます。
そして更に改良した新薬を左右の下腹部から卵巣付近へ注射しました。
麻酔は使いません。激痛に耐えてでも、彼の精子を子宮で感じたかったから、
感覚を鈍化させるようなものは使いたくなかったのです。
長い針を抜くと小さな血の玉が浮き上がり、やがて私の深部で異変が起きます。
私の性器からは既にメスヘビの誘惑臭が発せられ、
彼は興奮し、身をくねらせて私の肢体に這いよると、
私のお尻や乳房に噛みつきました。
私の全身には彼に噛まれた痕がたくさんありましたが、
どれも彼の肉欲を受け入れた証拠であり、愛おしい印です。
彼は獲物を絞め殺すような嗜虐的な蠢きをして私の下半身に絡み付き、
この1年で立派に成長した交尾腕を、私の秘裂へ押し当てました。
私は入り易くするために両脇からつぼみの肉を引っ張って道を開きます。
すると彼のグロテスクにいきり勃つかぎ爪のような陰茎が
躊躇なく膣の奥へと押し入ってくる。
私はそのダイレクトに感じる感触に歓喜し、軽く絶頂してしまいました。
膣内は白い愛液に濡れそぼって、肉ひだは痙攣し、
彼もまたその中の気持ちのよさに一層に長く伸ばしたかと思うと、
かぎ爪状の先端は最深部へ到達し、同時に子宮口にフックして、
確実に子宮へ打ち込む準備を整えました。
さらに下半身を絞める圧迫が強まり、接着剤でとめたような密着。
これは蛇の交尾にみられるブリーディングボールという状態で、
うねうねとお互いに絡み合いながらも、性器の結合部は完璧な合体を維持します。
こうなってはもう外れない。
蛇は総じて交尾時間が長く、ペイルナンタの場合、行為は実に8時間に及びます。
温かなベッドの上で代謝を活発にする彼の血の沸きを感じ取って、
私はついに彼にとって仔を宿すに値する女になれたという確信を得ました。

 イってきゅんきゅんと痙攣する膣の促しに応える彼は、満を持して爆ぜました。
射精の瞬間の、人生のどのような出来事にも置き換えることのできないあの感動!
期待と恐怖で震える純潔だった子宮へ、蛇類独特の粘度をもった白濁が注がれ、
ひんやりとまではいかないけれど低温の精子は、子宮の中の熱によって活発化します。
爬虫綱有鱗目の好む適度な暗闇の中、私は一匹の白い雌蛇となって、
彼の時間をかけた長い長い、気を失いそうなほど快感な射精を受け入れ続けました。
幼い日に見たテレビの映像が、今リアルで私に起こっている・・・
心から愛しつづけてきた彼が、私を女と認識し、私の肉体を求め、子宮を求め、
今まさに、本気で私を孕ませるために射精している。
顎を開き、割れた舌先を立てて、快楽に震えながら、じっくりと仔種を送り込む彼の
勇ましくも愛おしい姿は、否応なく私の“女”を刺激し、屈服し、支配していく。
私は私たち2匹の周りに姿見を置いてどこを見てもいろんな角度で確認できるようにし、
また3台のビデオカメラを設置して子づくりの一部始終を記録しました。
本当に、本当に私は彼の“メス”になれたのです。
悦楽は続きました。
人間の場合、男のエクスタシーは雷が落ちて爆発するかのように一瞬の出来事です。
でも女のオルガズムは不定期にマグマが吹き上がり続けるように快感が長く続きます。
だから、彼との8時間という濃密な交尾は、私と彼をイかせ続けました。
お互いに終わらない絶頂。じっとりねっとりとまどろんでは電撃は流れるように、
延々と続く射精に満たされ溜まってゆく重みのある実感。
全身がびくんびくんと悦楽に反応し、弛緩し、気持ちよすぎてもう理性は飛びました。

 繁殖期のオスが勝負時のために溜め込んだ本気の胤によって、
まるで終わる気配のない子宮の中の白濁とした流れは、
本能が用意していた恋が愛に変わる奇跡の感情を私の芯に思い知らせ、
股間に押し込まれる一番太く逞しい彼の胴を無意識に愛撫していると、
そんな私の想いに応えてくれているかのように、その射出の勢いは一段と強まりました。
私は女に生まれてきたことの、真の幸福を味わわせてくれた彼の期待を裏切らぬためにも、
なんとしても受精を果し、妊娠しなくてはなりません。
改良新薬には排卵誘発剤も含まれており、しかも飲み薬と違って効果はてきめんです。
私の卵巣は、防衛機能を失い出会った精子と確実に受精する卵子達を卵管へ放流しました。
その数は百を超えたに違いありません。
蛇の精子は一度放たれるとメスの体内で約2年も生き続けるとされ、
それほどに生命力の強い精子の群れが、無防備な卵子に群がり、受精の饗宴が始まる。
彼にとって決して期待はずれの嫁ではないと証明するときが来ました。

 繁殖期まっただ中にあったこの10日間は、ほとんど彼とのセックスで過ぎました。
3日間繋がりっぱなしのこともあり、食事もトイレもお風呂も、合体しままま過ごしました。
私の体重より重い彼を股間に巻き付けたまま、しかもオルガに浸っているわけですから、
なかなか思うように動けません。ほぼ人間らしい生活は捨てていました。
でも、それだけ求められているのが嬉しいし、
また繋がったままだと精子たちが外に漏れないからそれもちょっぴり嬉しかったのです。
子宮は隙間なく満タンになって、下腹部はぷっくり膨らんでいるくらいですから、
彼と繋がっていないとすぐに精子の子たちが溢れてしまいます。
先述したとおり、私の胎内にいるかぎりは彼の出した精虫たちは生き続けられるのです。
だから1匹でも無駄に死なせたくなくて、私は出来る限り全てのスペルマを抱え込みました。

 しくしくと子宮内を刺す痛みが走りました。着床痛です。
ここが一番デリケートな段階で、きっと上手く着床できずに死んでしまった受精卵もあったでしょう。
だから、出来るだけここで、いっぱい着床してくれれば、
その内の何匹かは個体化し、胎児までいけると考えました。
事実私の子宮内膜のベッドでには17匹の仔蛇が着床しました。
ただ、3ヶ月までにその内の6匹が流産し、
流れ出て来た胎児の死体を抱いて、悲しみにどれだけ泣いたかわかりません。
それからも発育しきれず流れた子どもだちを見ては残った子どもたちへ希望を残し、
臨月には5匹の仔が残りました。

 流産した仔の遺体は大事にとってあります。
それは人の姿でも蛇の姿でもありません。
法的な位置づけはわかりませんが、私は彼と子どもたちと必ず幸せになってみせます。
これが私自身への歪んだ愛情と復讐になるからです。

                       おわり

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