「ボート…大丈夫かなぁ…」
「今は階段登ることだけ考えて!」
怖がりな西川は気の紛らわし方もネガティブだった。
無理だと駄々をこねていた鉄梯子も、早坂と二階堂の
アシストでなんとかクリアし、非常階段に足をかけて
ものの2分といったところか。こうした発言が出る。
風は強い。
錆び付いた鉄塊に叩き付けられる風雨と共に
遠雷の音が混じり込む。嵐が来るのだ。
「葵ちゃん…痛い…痛いよ」
「どうしたのすみれ? 怪我したの?」
「雨が当たって痛いの…」
「我慢しなさい!」
見上げれば真っ黒で巨大な四角い建造物のシルエット。
見下ろせば荒れ狂う波の狂宴。ゾッとしない…。
「岩井、大丈夫か!?」
「う、うん」
時折足を止める岩井に二階堂が声をかける。
ようやく頂上に到達すると、そこにはゴチャついた
鋼の塔、クレーンなどの機材、ヘリポートなどが
混在していて、一見スクラップ置き場のようだ。
「誰かいませんかー! 私達、事故で遭難したんです!
誰か! 助けてくださーい!」
「聞こえるわけないでしょう、こんなとこで」
必死の早坂に瑪瑙が水を射す。
「ここ…何かなぁ…」
早坂の腕にしがみつく西川。そして岩井が答える。
「眼鏡が無くて何も見えないけど…とにかく
人が居る可能性は高いと思うの」
「人影どころかライトもついてないぜ」
二階堂がキョロキョロしながら鉄塔へ足を運ぶ。
「海上基地とか、海洋研究施設とか、とにかく何の
目的で建てられたかは問題じゃないわ。ここに
ひとけがないのも、嵐が近付いて作業を
中断してるからかもしれないし…」
岩井が言いおわるより先に瑪瑙が入り口を見つけた。
扉は重く軋んでいたが鍵はかかっておらず。
5人の力でようやく開き中に入ることができた。
薄暗い廊下が10メートルほど続いて、そこからは
開けっぱなしのハッチから下に続くハシゴをつたって降りる。
風の音なのか…鳥肌のたつような不気味な音。
「誰かーっ! 返事してくださーいっ!」
狭い通路で早坂の声が反響する。やっとついているような
光量の少ない橙色の電球は、剥き出しのコードが
引っ掛かった壁に連なって、その半分以上が切れてたり割れてたり、
チカチカと不規則に明滅していた。
赤茶に錆ついた床や天上、壁面には、下水道のように汚水が滴り、
まだらに変色。閉塞空間の中、薄らとスモークが掛かっている。
「葵ちゃん…ここ、怖いよ」
「…うん」
早坂と西川を横目で見てから
「誰もいないんじゃない?」
と、瑪瑙。しかし岩井は
「でも明かりがついてる。使われて無いならこれは必要ないでしょ?」
と跳ね返した。二階堂は"ずぼら"な奴が居ると茶化した。しかし
皮肉にも瑪瑙の懸念は的中していた。瑪瑙以外にも、漠然と皆が抱き、
それでも希望を持っていたことが、やがて事態を悪化させるに至る。
ここは、『彼等』の巣の中だったからだ。