舳先によって分断された廊下は、3フロア分が層になって
まるでウエハースをかじったようだ。
5人はひとまず船と廊下の狭間で押しつぶされた
給水塔のような鉄の丘に座り込んで、服を脱ぎはじめた。
「は〜、寒くなくて良かったね、ここ」
早坂は、また半べそをかき初めている西川の着替えを手伝う。
純白の下着が濡れて肌に貼り付き、淡い桃色の肌が
透けて、少女と女の両間にある清楚でいて艶かしく
彩られた肢体が、闇にくっきりと浮かび上がっていた。
「まったく、洒落んなんないっての…」
二階堂はブラとパンティーで素材も色も違う
個人ブランドものを身に着けている。スレンダーで
背筋も伸び、この状況でも堂々として見える彼女が、
早坂には、なんだかちょっぴり心強かった。
「二階堂さんてスタイル抜群だよね」
「ハハ、まぁ一様モデル目指してるからね。
よくデカくて怖いとか喧嘩強そうとか言われるけど、
こちとら乙女そのものだっちゅーねん!」
戯けて見せる二階堂。クスクスと笑いながら
早坂はモデルというフレーズを聞き妙に納得してしまった。
おそらくは理不尽な想いもしたのだろう、うちの校風は
そうしたファッションに理解は示さなかっただろうし、
個性に寛容な教師もいない。希に見る頑なな学校だ。
体罰こそないものの「みんな同じなのにおまえだけが」と
主張や自己発言を潰される生徒は少なくなかった
のではないか? もっとも、早坂はそういった教師に
好かれる模範的無個性主義者であったが。
「へー、凄いなぁ、モデルさんなんて、儲かるんでしょ?」
「それはきいちゃいや〜ん♥」
こんな状況だからこそか、努めて剽軽に振舞う二階堂。
岩井は体育座りで廊下のほうから幽かに煙る明かりを
眺めて、ぶつぶつと独り言を呟いている。
丘のすぐ下には貨物船も飲み込む巨大な泉の端があり、
どこまでも深く、息が詰まりそうだ。
「…葵ちゃん」
「ん? 何、すみれ」
「今ね、私も熱帯魚飼いたくなっちゃった」
「どうして急に?」
「…なんとなく」
早坂に寄り添う西川。ふたりの濡れた肌が密着して
ぬくもりが伝わる。それを少し不機嫌そうに
見ながら瑪瑙は、次に取るべき行動を模索した。
そんな一時の休憩。
少しだけ、ほんの少しだけ安らごうとしていた
半裸の少女たちに、ソレは襲い掛かった。
あまりにも唐突で現実味のない光景。
恐怖のあまり悲鳴さえ出すことが出来ず、
ただ必死にその場から走り去った。
早坂は西川の手を力任せに引っ張って廊下を駈ける。
視界がスローモーションになり泥の中を進んでいるようだ。
泣いていた。アレが何なのか理解出来なかった。
それでも今、アレを表現する言葉があるのなら
早坂の脳裏にはひとつしか浮かばない。
怪物だ。