08.蛮勇

咳きこみ息を切らせながら壁に両手をついた。
額から流れ落ちる雫を見つめながら二階堂が呟く。
「……もどる」
各々に各々が言葉を失った。
「…何を…言ってるの?」
瑪瑙が半笑いで返す。
「戻るって言ったんだよ、岩井んとこに」
「私はね、気は確かかってきいてるのよ!」
「あいつ…叫んでた…凄い怖い声でさ…」
二階堂が虚ろに来た道を戻ろうとしたとき
「ま、待ちなさい!」
瑪瑙が行く手を遮って突っかかる。
「アレを見なかったわけじゃないでしょう、
 岩井さんはね、ツイてなかったのよ」
「どけよ…」
「戻ればあんたも殺られるのよ!」
「だから…」
「もし戻るなら態勢を立て直して計画的に…」
そこで早坂が力強く声を上げる。
「行こう! まだ間に合うかもしれないよ」
早坂は西川に振り返って言った。
「今、パニックを起こして逃げちゃったけど、
 このまま見殺しにしたら、一生後悔するよ」
しかし西川は震えて立つこともままならない。
「か、怪獣だよ、、行ったら、たべ、食べられちゃうよ、、」
溢れる涙をそのままに早坂の手を強く握りしめる。
早坂は優しく西川を抱き締めながら頭を撫でて
「すみれ、何があっても私が守ってあげるから、ね?」
と耳もとで囁いた。そもそも早坂が行くと決めた以上
西川に選択の余地はないのだ。興味のない映画でも、
嫌いなおばけ屋敷でも、常に早坂についてく。
早坂を怒らせるとすぐ謝ったし、早坂の好きなものは
何だって真似してきた。それしか知らなかったからだ。
西川は弱々しくうなづく。
「よし、良い子。…瑪瑙さん、このままほっといたら
 本当に取り返しのつかないことになるよ!」
「もううんざりするほど死んでるでしょう。いまさら
 ひとり増えたからって必死にならなくても…」
「どけ!」
二階堂が冷徹な瑪瑙の発言に嫌気がさしたのか、
力づくで押し通る。早坂は
「瑪瑙さん、私達が見たものが錯角なのか何なのか、
 これから私達が行動する上で確認しておく必要が
 あるんじゃない?」
と、如何にもな正論を突き付けた。
瑪瑙に対して有効な説得は理詰めしかないと踏んだのだ。
もちろん瑪瑙は乗り気じゃなかったし、ましてや即興で
安直な行動を正当化しようとした早坂が気にくわない。
それでも孤立するのは得策じゃないことも理解している。
結論は早かった。
「OK、一緒に行くわ。ただし武器を手にしてからよ」
瑪瑙は千切れた細長い電線管を拾い上げ槍のように構えた。

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