09.怪虫殺し

まるで止まらなかった。
二階堂は我を忘れて怪物に殴り掛かる。
目を背けたくなるほどの醜態、メチャクチャに
犯された岩井の姿、怒りと悲しみでキレていた。
「うわぁぁぁぁっ!!」
二階堂の拳が怪物に食い込む。グニャリと軟体動物
特有のヌメりをおびた肉の感触が伝わり戦慄する。
そのあまりにグロテスクなケダモノに対して、もはや
恐怖は無かった。ただひたすらに沸き上がる憤怒。
2メートルは越えるであろう巨獣に飛びかかり、
休むことなく殴りつける。涙で視界が曇り、
パンチは粘液で滑って、半分以上が当たっていない。
"ヴオオォォォッ!!"
触手が背中の二階堂を捕まえた。
「二階堂さんッ!」
早坂が二階堂に絡まる触手を振り解こう掴みかかる。
怪物はもんどり打って早坂を投げ飛そうとするが
二階堂に渾身の力でしがみついて離れない。
西川は泣いていた。呆然と立ち尽くして泣いていた。
「このバカ! 素手で闘って勝てると思ってるの!?」
瑪瑙の手から光が飛び出した。光は怪物の首に喰らいつく。
バチバチバチッ!
軽く弾ける音とスパークする火花。触手が緩まって
早坂と二階堂が離れると、怪物は水中へ逃げようとする。
しかし首に絡まった電灯コードが食い込んで移動できない。
壁から次々と引き剥がされる電灯が
地面に当たってカラカラと音を立てていた。
「様ぁ無いわね、アメフラシの化け物さん。覚悟はいい?」
"キィィィッ! キィィィッッ!"
瑪瑙はパイプに巻かれていた保温材を
緩衝用に持ち手に敷き、槍に体重を乗せて突っ込んだ。
ドスッ!
ねじ切れた金属の先端は思いのほか鋭く、
怪物の頭部を容易に貫き通す。
「死になさい、 蟯虫!」
ビチビチと暴れ狂う怪力に振り回されながらも
槍は確実に怪虫の細胞を殺していった。
真っ黒な血が流れて湖を染めていく。
実際とどめを刺すまでに、さほどの時間は
かかっていなかったが、彼女たちにとっては
そうではなかった。
疲労し、朦朧として、悪夢の目覚めを願う。
「岩井! しっかりしろ! 岩井ッ!」
二階堂が抱き上げた岩井の震える体を見て泣き出した。
「どうなってんだよ、なんでこんなことに…
 どうして岩井がこんな目にあわなきゃいけないんだ!」
早坂も泣きながら西川を抱き締めていた。
「葵ちゃん…岩井さんは?」
「すみれ…すみれぇ…」
瑪瑙はひとり、足を震わせて怪物を見つめている。
「(…まだ、こいつ一匹だけとは限らないわね…)」
5人の少女たちは水辺から1フロア上がって
湖を見下ろせる場所に一時の休息を作った。
もちろんここが安全である保証はない。
岩井はまだ目を覚ましていなかった。
早坂にも二階堂にも、かける言葉が見つからない。
闇のホールは何事もなかったように静まりかえっている。

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