12.墓標

死にきってないのか、怪物は神経運動だけの
かたまりに変わり果て、岩井を囲む四人の
少女もまた、生きているとは思えないほど
沈黙し、動こうとしなかった。
二階堂の全身は、虫の血と肉がべっとり
付いていたが、まるで拭おうとせず。
西川はただぼーっと岩井を見つめていた。
無駄に過ぎていく時間に耐えかねて
ついに瑪瑙がその沈黙を破る。
「同情は家に帰ってからするのね、謝ったって
 何の進展もしないでしょ」
「瑪瑙さん…」
早坂は瑪瑙の顔を見ることなく言う。
「岩井さんが死んじゃったんだよ」
「知ってるわ」
「救えたはずなのに…岩井さんは…」
「早坂さん。彼女を殺したのは私でもあなたでもない。
 あの怪物ですらないのよ。このさい反感覚悟で
 言っておくけど、生きる気のない自殺志願者の基準で
 感情を左右されることは極めて危険な状態なのよ」
あまりの非情な瑪瑙の意見に早坂は言葉を失った。
さっきまで一緒にいて話していた岩井晶子が、今、
早坂たちの前に冷たく横たわっているというのに…
「それよりラッキーなニュースがあるわ。あの怪物、
 今回の急襲で、とんだ見かけ倒しの可能性が露呈したのよ。
 まず知性は圧倒的に低い、移動速度がノロい、
 爪や牙を持たず、あれだけ追い詰められながら、
 毒を吐いたりしなかった…兎に角あいつらには
 攻撃の手段がないのよ。冷静に対処すれば恐るるに
 あたわずってね。一匹目では確信が持てなかったけど…」
言い終わるより先に二階堂がキレて瑪瑙に飛びかかる。
「瑪瑙! てめぇも殺してやろうか!」
「二階堂さん!」
早坂が二階堂にしがみついて泣きながら叫んだ。
「やめてよ! ふたりとも喧嘩ばっかり…もうヤダよ」
振り払って咳き込みながら立ち上がる瑪瑙、
「あんまり怖くて狂ったの? まるで狂犬ね…」
髪をかきあげる彼女に早坂が言った。
「狂ってるのは瑪瑙さんのほうだよ」
その頬には涙がつたっている。そうだ、
そんなことを言い出せば、あの女子高生殺人だって
正当化できてしまうのではないか?
たとえいかなる異常な環境であっても、
いや、だからこそ人は努めて道徳的であるべきだと、
早坂は考える。それがよくよく非合理であろうとも。
「お墓作ってあげよう…」
ぽつりと西川が呟いた。
「このままじゃ岩井さん、かわいそうだよ」
瑪瑙は少々落胆して西川を見下ろした。
「なにエモーショナルなこと言ってるの?
 岩井さんの死をリアルに処理出来ないのは、
 まぁ、分からなくもないけど、そういう
 稚拙な儀式には加担しないわよ、私」
ところが、
「うん、作ろう!」
早坂は西川の発案に賛成した。たしかにこんな場所で
墓作りをする、それも『してあげる』なんて言うのは
ナンセンスかもしれない。でも早坂は、どうしても
自分が正気であることを確かめておきたかった。
瑪瑙にしてみれば不本意な展開である。
ただでさえ怪物が一匹ではないということが
明白になっているというのに、危機に対して対応するため
アクションを起こすべく、あえて憎まれ役を買い、
自分の正論、正当性を通そうとしてコレだ。
「今、大事なことは、岩井さんが死んだことじゃない。
 私達が生きているってことよ! つまり、私達が
 生き残るためにすべきことこそ、何より優先されるわ」
「私もやるよ、墓」
二階堂も西川に追随した。
「冷静に考えなさい。弔うにしろ祈るにしろ、
 まずは予測しうる脅威に対して準備すべきよ。
 武器を探して地形を把握して…墓を作るより
 やるべき事があるでしょうが!」
「だまれ!」
瑪瑙は言ってやりたかった。どんなに綺麗事を並べようと、
結局岩井を置去りにしたことを許されたいだけなのだと。
詭弁であり誤魔化しなのだと。しかしこれ以上否定しても
無駄だと悟り、合理的に閉口する。だからこの埋葬に
口出しはしなかったが同時に手も貸さなかった。
「(死ぬわよ…あなたたちも…)」
瑪瑙の懸念をよそにして墓標を立てながら、
早坂の心中には、あるひとつの無意識的覚悟が座っていた。

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