18.落し子

明かりはやっぱり薄暗かったが、
あの奈落の底のような湖に比べればマシだ。
二階堂はドラム缶の山の上に蹲って、
あたかも呪文を紡いでいるように自問を続ける。
ドラム缶の数は30個近いか、すべてあの
爆発物が詰まっているようだった。
小さめの車工場が錆びついたらこうなったような
空間に積み上げられた破壊欲は、
どこか象徴的でもあって、二階堂に暗示する。
発煙筒は3本…間違いなくこれは隠蔽の画竜点睛。
おそらくこれだけの規模がブッ飛べば
なにもかも灰燼に喫することだろう。
「ハァ…ハァ…ハァ…フゥ…」
二階堂は蠢く腹の下を押さえて息を整えようと
努力したが、寄生虫は一向に落ち着きを払わない。
「くそ…静まれ、静まれよ…」
ぼやける視界、陣痛、頭が割れそうだ。
熱がある。つわりに悩み、よだれは垂れっぱなしだ。
ドラム缶の上でうんうんと身をよじり、痙攣し、
鋭敏になった感覚器官は、まるで神経が
剥き出しになってしまったかのようだ。
岩井はこの恐怖に耐えられなかった。
幻聴、耳鳴りの奥、幼虫の鳴き声が聞こえる。
「う、あぁ、ああぁあぁ、、あ、、、」
いよいよ呼吸困難になって今にも失神しそう。
溺れているかのように必死で息を吸い、
滝のような汗が赤茶けたドラム缶上面に
水たまりを作っていく。涙が止まらない。
生まれる。怪物が…この腹から…
二階堂は歯を食いしばった。
「(私は何だ?)」
暴れる腹をギュッと鷲掴みにする。
「(おまえは何だ?)」
秘部が羊水を吹き上げた。
下腹部がゆっくり波打って胎児が下降する。
「ぐ、ぎぃ、、、あああぁぁああぁあっっ!!」
女らしい裏返った悲鳴が二階堂の咽から飛び出し、
同じくして幼虫が淫媚な音を伴って頭を見せた。
母の内腿をつたって体内からねぶり出されたソレは、
よく肥えた薄橙色のヒルのようで、目はなく、
ぬるついた『てかり』を帯びながら母の陰部の豆を噛んだ。
疲労しきった肢体をびくっと反応させるが、
それ以上はすぐに動くことができない二階堂。
幼虫はこの豆からは何も授かれぬことを悟り、
ニュルニュルと母のへそまで這いずり、
そのまま乳房を目指し始めた。
熱い熱のカタマリは一見カブトムシの幼虫のようで、
巨大なナメクジのようでもあったが、こうして
肌に密着し躍動を感じると、その体内構造は
人間に近いことを曖昧ながらに感じることができる。
二階堂は、ぼぅっと宙を見つめ放心していたが、
乳首に吸い付いて乳を飲もうとしている
幼虫の実感に意識を取り戻した。
ミルクなんて出るはずがない…その二階堂の前提は
体現により覆される。感じるのだ、最初、吸われても
何も減る感覚がなかったのに、しばらくすると、
出てる…自分の乳房から母乳が出てる感覚。
それをチュウチュウと飲まれている感覚。
体が震え出す。
「(私の体は…どうなっちゃったんだ?)」
ぞくっと悪寒が走る。これは…この感覚は…恍惚?
息が上がる。乳首がピンピンに勃っている。
幼虫は生まれながらの本能なのか、まるで
そうすることで乳の出がよくなることを
知っているかのように、器用に全身を撓らせて、
母の白く柔らかい乳房を揉みほぐしながら吸っている。
びくびくと感じる我が子の技術に
反応しながら二階堂は恐慌していた。
快感。おっぱいを吸われてるだけで正気を失いそう。
これは…私を滅ぼす感覚!
二階堂は最後の理性で幼虫を躰から引き剥がすと、
地べたへ放り投げた。

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