20.24時間後の考察

「葵ちゃん…」
何百回めかの西川の呟きに瑪瑙は不愉快極まりなかった。
それでも賢明に助かる方法を模索し思考を巡らす。
「ダメね…まるでリアリティーがない」
力なく嘲笑する瑪瑙を見て西川が朦朧と問いかける。
「なんでこんなにひどいことが続けて起こるの?」
「…奇遇ね、わたしもあなたに訊ねようと思ってたのよ」
目一杯に皮肉を言ってため息をひとつ。まったく
狂ってる。まるで誰かがわざと嫌がらせをしてるようだ。
「…わざと」
瑪瑙は口の中でもごもごと繰り返した。
例えば、例えばこれが『わざと』だとしたらどうだろう。
やはりこの荒廃の仕方は人為的なもので、ならば
あの爆弾のドラム缶というのも都合が良すぎる。
なぜなんなものが用意されていた?
…あるいは…インカローズの事故、これも真意は不明だ。
実は偶然ここへ突っ込んで事故を起こしたのではなく、
事故に見せ掛けていた可能性はないか。
つまり元々の目的地がここで、だからこのような
取り返しのつかない怪物の暴走に予め対応策を打っていた。
すべてを隠蔽できるよう事故を起こせば何もかも灰にできる
パイプラインを選んだ…ドラム缶はその材料か。
しかし符に落ちないのは、根幹、インカローズ自体の
破壊には至っていない点だ。
嫌な予感がした。
これは最悪の推測だが…。始末したかったのは
暴走したあの虫たちではなく、
事故そのものだったのではないか。
関係者を事故で消して、虫たちは密かにここで
飼育する気だったとしたら…
「ハハ、こんな考え常軌を逸してるわね」
まったくバカげていた。
こんなことを言いだせばオカルト。
それこそ、女生徒限定で救出を企てた加藤が、この
虫の巣窟へ苗床となる女を漂流させるために、わざと
飛行機事故を起こしたなんて話にだってなる。
………瑪瑙は原因に付いては考えるのをやめた。
閉じ込められて、水嵩は増し、酸素も少なくなっている。
何か突破口はないか。
「葵ちゃん…」
「諦めなさい、あのふたりはおしまいよ。
 もう忘れて、私たちが生き残る道を考えなさい」
ふと瑪瑙は西川を眺める。
そうだ、わたしたちはふたりいる。
怪虫は何匹いるか分からないけれど、もし一匹づつ
相手にできれば決して怖れる障害じゃない。
出口までの移動。
その間の安全の確保は、たとえ戦闘することになっても、
敵を単独にすることのできる地形なり何なり作ることが
できれば、光明はあるかもしれない。
「西川さん」
瑪瑙はぺろりと親指を舐めた。
「ただ落ち込んでいたって解決しないことは理解
 できるわね? そこで提案よ。私たちの乗ってきた
 救命ボートがある位置は分かる? 海面に浮いてるわけ
 だから、あえて上まで登らなくても、方角さえ
 正しければルートを探って行けるはずよ」
「でも…出口は無かったよ」
「虫を避けていたからね、出口を見失った。私たちは
 この建造物の中で逃げ回っていたけど、発想を変えて
 外を目指す。上じゃなく平行にね。水が侵入して
 船が突き刺さってるのよ。私たちが通れるくらいの
 隙間は必ずあるわ」
「ここから出るの?」
「ここよりボートのほうが安全と判断したからよ」
「葵ちゃんがまだ向こうだよ」
「『葵ちゃん』は死んだわ。でも私たちは生きてる。
 とにかくこの通路から脱出するのが先決ね、
 さ、立って出られそうな所を探すのよ!」
瑪瑙の鋭い眼光に西川は怯えながら立ち上がった。

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