15.母性
澪はぐちゃぐちゃになっていく頭の中で、ひたすら幼虫の圧死を願った。
消化ボンベの底辺角は、下腹部を押しつぶし、びちびちと身をくねる幼虫を的確に追い込む。
口の中に玉子をくわえて割らぬように我慢しているみたいな間の抜けた顔。
細めた目から熱いものがつたい汗と混じる。
大きく呼吸しないよう努め、か細い嗚咽を漏らし、
ちょっと集中を解けば忽ち嘔吐してしまいそうだった。
まずい、全身が小刻みに痙攣し腕に力が入らない。
自重をかけることにも肉体が躊躇いだしている。
神経系統が危険を察知して自らを傷つける行為に拒否反応を示しているのだ。
自分で自分の首を絞めて死ねないのと同じように、
ある一定以上の危機に対して肉体は自然と防衛行動に出る。
しかし、それは神経の勘違いなのだ。
今、腹の中で暴れているのは我が子ではない。
肉体にとっても精神にとっても有毒な忌むべき寄生虫に他ならない。
ダメだ、こんなに震える腕では力が入らないし、体重をかけようとしても全身が強張って上手くいかない。
「(違うの! これは赤ちゃんじゃない! 私の体…お願いだから言う事をきいて!)」
澪は快活なほうだったが所詮は女の身体、腹の肉は柔らかいクッションの役割を果たし、
どうやっても幼虫を圧殺できない。
母親の殺意に気がついたのか必死で胎内にしがみついた幼虫は、
その股間から触手を伸ばして子宮壁に押しつけている。
木の根のように分かれた触手の先端と子宮壁との密着部からびりびりと快感が伝わる。
「(あぅっ! こ、この感覚、、、ヤバい! 早くなんとかしないと手遅れになっちゃう!)」
澪は直感していた、幼虫が今しようとしていること、それは母親との接続だ。
臍の緒代わりの触手を子宮壁に根付かせて、本物の親子になる気なのだと。
あの姫子の豹変も、あるいはこの虫とダイレクトに繋がってしまったからおかしくなったのではないか?
「(や、やめて、、許してぇ…、あんたのママになんかなりたくない、お願いだから繋がらないでぇ、、、)」
ついに握力も失い、力尽きた両手から消化ボンベが外れ、ゴロゴロと床を転がった。
うずくまって苛んだ自らの腹部をさすると、圧迫の解けた子宮の中で幼虫は一気に攻めに転じる。
子宮口に追いやられていた幼虫は器用に身をくねらせて子宮の奥へと潜って繋がるのに最適な場所を模索し始めた。
脱力して最早自らの拳を振り下ろす術もなく、澪はただ神頼みにすがる。
「やだぁ、、、お願いしますから、、もう逆らわないから、、、繋がらないで、、、、」
ふかふかの子宮内膜のベッドに触手をづぶりと差し入れた幼虫は、ついに内膜組織に接続し着床を完了した。
繋がって正真正銘の親子となった瞬間、母性の電撃が澪の全身を貫く。
熱が広がるような着床痛と幼虫が澪の養分を吸っていく感覚が鮮明に体感できた。
「あ、んぁ、、あ♪」
恐れていたとおりだ。もうこの幼虫を傷つけることなんて澪にはできない。
激しく沸き上がる母性は、無条件でこの幼虫を愛おしく感じさせている。
母親になった実感。理屈も理解力も確かに持っているのに、それを超越して喜びと愛情に包まれていくよう。
「もういい、、、もういいよ、、、好きなだけ私を使って育っていいよ。
無理矢理殺して出すより、出産して出すほうが安全だよね」
諦めた口調で澪は仰向けの大の字になって投げ遣りに笑った。
「澪ちゃん、どう? こんな幸福感今まで味わったことある?」
いつの間にか姫子が澪の座り込んでいた。姫子の腹は中の幼虫のカタチが想像できるほどにもっこりと脹れ波打っている。
「くぁ♥ あはぁ、、この仔くらい大きく成長するとね、臍の緒で養分吸い上げるだけじゃ満足しなくてね、
直接食事をとったりするの。あう! またぁ…、、ふふ、何食べてると思う?
この仔ね、細長い舌を使って卵管の奥の卵巣から卵細胞を採って食べるんだよ」
こんな狂気の沙汰を嬉しそうに語る姫子に、澪はだらしなく緩んだ眼差しを送っていた。
「あ〜、、アハ♪ うーうー、あー」
幼児のような拙い声を上げているのは麗香だった。
巨大な芋虫に種付けされた恐怖とショックでどうかしてしまったのだろうか。
若く美しい三人の女は、わけのわからぬ事態への抵抗をやめ、思考を停止し、
ただ今起きている事の流れに身を任せた。
どれくらいの時間が経ったのか・・・数時間か、数日か、霧の立ちこめた薄暗い海域を浮遊するスイートホーム。
一匹の醜怪な夫に三人は全裸で抱きつき、腹の底で蠢く我が子の胎動を押し付けて確認させた。
一夫多妻の生活は短く、やがて第二第三の夫が船上に這い上がってくる。
姫子は無事第一子を出産し、母乳で親子愛を育んで相変わらず幸せそうだ。
気がつけば巨大な怪虫は合計8匹に達し、船内を犇めいて発情し唸り声を上げていた。
調度腹の中が空っぽになっていた姫子は、倉庫に中で仰向けに寝そべり、
ライトアップされたそのステージ上へ怪虫達を誘う。
彼らの興奮と生殖欲求は凄まじく、姫子をじっくり犯して孕ませると、
次の怪虫も我慢ならず既に幼虫の仕込まれている姫子の子宮へ立て続けに出した。
姫子は実に結果5匹もの幼虫を胎内に抱え込み、間引こうともせずその5匹すべてに着床を許した。
あとの3匹は麗香の中に出した。過剰に妊娠した姫子と麗香の母性は二乗され、
もはや発狂しているといっていいほど緩みきった醜態を曝している。
狂った姫子と麗香は、ここまで末期状態に至っても、夫達が求めれば拒まず残らず射精を受け入れることだろう。
そしてその全てを愛し、産み、育てるつもりに違いない。
澪は初産が近く新しい幼虫は仕込まれなかった。
未曾有の体験はすぐそこに迫っている。