16.出産

ウミウシの化物かイソギンチャクの妖怪か、その醜い要素だけを合わせたような幼虫は、
ギチギチと不快な鳴き声で母乳の催促をする。
女神のような姫子、微笑みながら我が仔を抱いて乳をやるその姿たるや悪夢以外の何者でもない。
目を背けると、今度はその先に、腹がぼこぼこと動いている麗香の苦痛と快楽に歪む様相が見て取れた。
澪は思わず自分の腹をぐいっと鷲掴んで歯を食いしばる。
澪は既に6時間前から激しい陣痛に苛まれ、4時間前には破水していた。
産まれる。
このグロテスクな、意味不明の生き物を産んでしまう。
人間の自分が、バケモノの母親になる・・・つまり私はバケモノになってしまったのだ、と澪は思った。
たった一匹でこれほど苦しいのに、他の二人は複数匹宿している。
「(私も・・・コレを産んだら、また犯されて幼虫を仕込まれるんだ・・・何匹も、何匹も!)」
全身に泡肌が立って、繰り返し吐く。
しかし再三の嘔吐に胃の中は既に空っぽで、わずかな唾液が垂れただけだった。

ウギィ...

聴こえた。間違いない、今のは腹の中からだ。
羊水が流れたため澪の腹が幼虫の形に凹み、胎内での動きが畝りとなってはっきりと視認できる。
自殺すべきだろうか。
せめて「人」であるうちに、尊厳を守って自らこの絶望に幕を降ろすべきなのかもしれない。
おぞましい虫の胎児を腹の上から思いっきり殴り潰したかった・・・しかし、
手は振り上げられるどころか、やさしく腹越しに幼虫を撫でている。
乳がはって乳首が勃っていた。早く我が子にミルクを飲ませたくて、どうしようもなくなっていた。

ドクン!

「うっ、、ひぃいいあああ!」

澪は、突然幼虫が力強く躍動しだしたことで、思わず悲鳴を上げてのけぞった。
弓なりにたゆんだ身体は、まるでバネが戻るようにすぐさま腹を抱えダンゴムシのポーズをとる。
「いよいよ始まったね澪ちゃん。頃合いだし、ちょっといきんでみよう。
 それで進んでくるようだったらそのまま本番だね」
姫子が踞る澪の背中をさすって優しく告げる。
「姫子、、、私、、怖い、、、怖いよぅ、、、、」
「大丈夫。澪ちゃんはいつだって強かったじゃない」
違う、強さなんかじゃない。
でも澪には既にそれを説明する思考は働いていなかった。
「ラマーズ法はまだ使わなくていいからね、まずは股を開いて、パパたちにしっかり掴まって」
言われるがまま、澪は自らにこんな産みの苦しみを与えた父親の怪虫にしがみついた。
背中には別の怪虫。丁度父親が澪の乳房を吸い、腹を刺激している様が見下ろせる。
澪は恐ろしさのあまりぎゅっとまぶたを閉じる。すると姫子は
「ダメだよ、ちゃんと目を開けて、しっかりと目に焼き付けるの
 初めての赤ちゃんが産まれてくる姿を、鳴き声を、五感のすべてを使ってこの感動を記憶して!」
まるで催眠術のように、澪は姫子の言葉に従っていた。
残りの暖かいものが秘裂から流れ出る。合図だった。

「うわぁぁぁぁ! 姫子ぉっ! 産まれる! うバれるゥぅ!!」

「澪ちゃんいきんでいきんで!」

澪は滝のような汗を流し全身を紅潮させながら幼虫へと意識を集中した。
ゆっくりと膣を這い進むのが伝わる。突起は多いがぬるぬるとして引っかかったりはしない。

「だんだんおつむが見えてきたよ! もう一息!」

「、、、、、、、、、っっ!!!!」

ミギィィィァァァァァァァァァァッッ!!!

不格好に変形した幼虫の頭部が外へ出た。
幼虫は“びゅう”と液体を吐き出してから豪快に鳴き声を上げる。
その光景をしっかりと脳裏に焼き付けた澪は、奥歯をガタガタいわせながら、
嗄れたと思われた涙を再び流していた。

「元気な仔だよ澪お母さん♪」

姫子の笑顔に安心しかけたそのとき、事態は急変する。

「あ、戻る! この仔お腹の中に戻るぅぅぅぅぅぅっっ!!」

幼虫が後退を始めたのだ。

「抜いて! 姫子、、この仔を抜いてぇぇっ!」

「ダメだよ澪ちゃん! 虫の世界ではね、自分の力で出て来れない仔は生きていけないの。
 だから、親は手を貸しちゃいけないんだよ!」
姫子の言っている意味はわからなかったが、抜いてくれないことはわかった。

「姫子ぉぉぉぉぉぉ!」

幼虫はすっかり胎内へ引っ込み、安寧としている。
「きっと外気に触れて驚いたのね。怖がらなくていいのよ」
姫子は蠢く澪の腹の上から中の分からず屋へキスをした。

 

それから数日に渡って、幼虫は澪の中に居座り続けた。
そこは飢えることもなく、寒さもなく、孤独もない。
姫子の徹底的過保護政策のため、どんなにやんちゃをしても叱られることなく、
無類の愛情を注がれて、まるで王様にでもなったつもりでいるようだ。
容赦なく発育し、さらに重みを増した腹を抱え、澪はほとんど食事も出来なかった。
たまに頭だけ外へ出す幼虫に催促され、前屈みになって母乳を与える。
体の柔らかい澪ならではの授乳方法。
ミルクに満足すると、また子供部屋へ引きこもる。
結局父親が澪を強姦しようとのしかかった際の圧迫でようやく出産されたが、
その瞬間を、澪は気絶していて覚えていない。

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