23.我が子(その2)

この穴蔵の中で、二匹の子は順調に育っていた。
二度に渡る脱皮により、
その大きさは1メートルを超えている。
今、右の乳房を吸っているのがお兄さんで
名をタンポポとつけた。
濃いオレンジの体に赤い縦筋模様。
平たい頭に太い二本の触覚。
イソギンチャクのようなお口で器用に乳搾り、
おっぱいを揉みながら飲んで、
密着した彼の肉体の中をごくごく流れて、
それを感じ、安らぎを得る。
おっぱいから私の内ももまでぴったり貼り付き、
引き剥がすことは困難だろうし剥がす気もなかった。
ウミウシのように美しく優雅な子だ。
もう一匹にはプーニャという名を付けている。
左の乳房にしがみついて必死にお乳を吸うが、
上手くいかず、ピチャピチャとミルクを零している。
そのため私がこの子の頭を支えてやっているのだ。
プーニャは明らかに障害を負っていた。
ナマコのような体は歪に捩じれ、
肉の裂け目から肉がはみ出し、
脳みそのような皮膚の表面から生えた短い触手の先に
目玉が付いているが、その視線に正気はなかった。
悲鳴のような奇声を上げ、すぐに暴れる。
小さな人間の手のようなものが不揃いに7つ。
その哀れさは見ていて痛々しかった。
…ハァ…
二匹におっぱいを揉み吸われながら自慰行為に浸って
一度イッてから、小さくなった乳房に目をやる。
だめだ。お乳が足りない。
ここへ閉じ込められてどれくらいになるだろう。
水だけ飲んで生き延びてきたが、もう限界だった。
死ぬ。私もこの子達も。
二匹はこれからも脱皮を繰り返して大きくなるだろう。
それに私のミルク生産量はついていけない…
おっぱいを吸う力も強く、すぐに切れてしまう。
もうどうしようもない…どうすれば…
我が子をギュッと抱きしめながら
朦朧とする意識を何とか正す。
一生懸命母乳をすする私の愛しい赤ちゃん…
死なせたくない…
生かしたい…生きたい…
どうすれば…
その時、頭の中であの
凄惨な映像が思い浮かぶ。
イグアナ人間が初めての赤ちゃんを…
私の赤ちゃんを…
「!!」
その時、よぎる、あるひとつの考え。
正気じゃない、狂人的発想だった。
この飢えをしのぐための恐怖の選択。
「うぁぁ…ぁ…」
その、あまりに残忍な道しか…
もうそれしかない…
私にできるのだろうか…
…その日、私は数時間の葛藤をしたあげく、
それを実行した。
プーニャに両手をかけ、一度キスをした後、
私は思い切り彼の首に噛み付いた。
「マギィィィィッ!!」自分で自分の子を食う。
悲痛の絶叫が母の心を引き裂く。
それでも顎の力は緩めない。
幼虫の肉にズブズブと歯が食い込み、
熱い躍動を実感しながらも、そこを食いちぎった。
じたばたと血まみれで暴れる子供をおさえ、
再び食らい付く。引き千切る。
だが、伸びた皮がなかなかちぎらせてくれない。
それでも無理矢理に噛みしだき、
喉の奥へ送った。
私は全身が恐怖で震え
押さえる手の力も緩く弱まって行く。
プーニャは、まだ生きていた。
死にたくないと母親に泣叫びながら訴えていた。
「…ごめんね…ママを許して…」
やがて静寂が訪れる、
私の嗚咽だけは止むことはなかったが。
動かなくなって行く我が子を膝の上に乗せて、
罪悪感と自己嫌悪で、食った肉を吐きそうに
なるのを必死に手で押さえて堪えながら。
「…ごめんね…ごめんね…」
と許しを懇願し続ける。
ぐしゃぐしゃに泣いて我が子を食べ終えた私は
張り裂けそうな心の痛みで打ちのめされていった。
タンポポは兄弟の死にも無関心に
おっぱいを吸いつづけている…。

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