26.楽園

この廃虚と化した施設は、死に続けながらも、この長い年月で
私に彼等についてのいくらかの情報を与えてくれた。

1989年に設立された個人機関S.E.L.は、表向き食用生物の
クローン研究などを口実にバイオテクノロジーを主軸とした
民間会社で、裏では非合法に新人類の開発を行っていた。
豊富な資産を利用してS.E.L.は無人島を手に入れる。
その島は地図にもなく霧が深くかかった、
衛星からの観測も不可能な場所。
文明に毒されたことのない湿地と密林の広がる異世界だった。
その島は中央の大地が半径約4キロにわたって陥没しており、
内側を絶壁で覆われた、いわば天然の牢獄。
侵入も脱出も出来ない上、まず関係者以外に見つかることもない。
船の上陸も無理、唯一の出入りする手段はヘリだけ。
まさにこここそが、新人類生産を目的とした実験、
プロジェクトヤヌスを行うのに必要な条件を
全て満たした場所だったのだ。
島の中央にこの研究施設とヘリポートが作られ、
私の父親を含めた総数18人の研究員やその他の職員によって
プロジェクトヤヌスが動き始める。
絶壁内部は"人間牧場"と呼ばれる実験動物たちの
飼育フィールドになる予定で、
後々柵などを設置、整備して利用されるはずであった。
どのような使用目的で新人類が作られようとしていたのか
記されてはいないが、おそらくこの後の事件を見ても彼等は
"生物兵器"として生まれてきたのではないかと私は予想する。
研究は思うように進まず、失敗実験体ばかりが増えていき、
それらを次々にシリンダーケースへ押し込めたり、
冷凍保存したりしていた。
どれもヌルついた体液をまとわりつかせ、知性は犬猫より低く、
変わりに2メートルもの巨体と人間から
懸け離れたグロテスクな姿を持つ。
触手触覚などを有し、エラのような呼吸器官と虫のような習性、
食欲、睡眠欲、そして性欲(繁殖欲)が非常に強い。
奇形児として生まれてくる者がほとんどで、
左右で目や口、手足の本数が違う。
それらが40匹を超えた時点ですでに管理不能な状態だと
研究員の何人かはS.E.L.の幹部たちに訴えていたという。
その中にパパもいたらしい。
彼等がケースを破って暴走するのにさほどの時間はかからなかった。
暴れながら施設を破壊し親である人間達を殺した実験体たちは、
外へと逃げ出す。しかし不幸中の幸いであったのが、
彼等は決して牧場内から出ることが出来ないということ。
また、もしこういった状態になった時のために、彼等が勝手に繁殖して
数を増やさないよう、作られた実験体は全て雄(オス)であったこと。
しかし、これが第二の悲劇を生んだのは、私を見て明白だ。
元々人間の細胞をベースに作られているため、その遺伝子は
人間の女の卵子との融合により子孫を残せることが、
試験管の中で証明されており、その上妊娠から出産までの
期間は10日ほどと異常に早く、さらに 受精から短時間で
別の種の精子を受けると、子宮内融合を起こして、
新種の変異体が生まれるという結果も報告されている。
案の定女性研究員は彼等に攫われて行方不明。皮肉にも
島からの女性撤収が行われる1日前に起きた事故であった。
S.E.L.との交信も出来ず、捜索隊は事件から3日経つがやって来ない。
せめて彼等を殺すことのできるあのウィルスを取りに行ければ…
そこで記録は途絶えていた。
…つまりこの島の何処かに、彼等を全滅させることのできる
ウィルスが隠されているということだ。
もちろん、そんなものを見つける気などないけれど…

ここがいつからアブソロムと名付けられたのか、
それがどういう意味なのか知らない。
そんなのもうどうでもいい。
私は、私の部屋となったこの研究室の
中央へ寝そべって、いつものように歌を歌っていた。
この世界へ来て、どれくらいの時が経ったのだろう。
1年か10年か…もうよく分からない。
髪も腰のあたりまで伸びたし、身体もここへ来たころにくらべ
女になったんじゃないだろうか…と、言うより、
もう私の肉体は、おそらく数えきれないほどの彼等との関係で
人間のそれとは別の物に変化してしまっている気がする。
むせかえるような淫靡な肉の香りと、ねばっこい空気。
私の産んだ肉蟲たちは母親の透き通るように白く
スベスベとした柔らかい肉体にむらがり
おっぱいを吸おうと乳首を取り合っている。
そんな幼虫達がびっしり貼り付いているのは私の躰にとどまらず
部屋の壁から床まで至るところにへばりつき、
生存競争に敗れた者たちの屍と、
それを共食いする者とで溢れていた。
いつか私の体内に潜り込んだ寄生虫が子供たちに飛び火して、
いたるところに水泡のカタマリがぼこぼこと盛り上がって這う。
私の堕児を量産する穴は、長いことドロリと濡れっぱなしだし、
ペニスを太く長くグロテスクに成長させた変種の誕生で
飽きることなく肉棒をくわえ込み続けている。
彼らのスペルマもまた、より熱く、より濃く、よりおびただしく
進化していった。 城にむらがった島中の淫獣たちが犇めき合い、
中には女王の艶かしい悶え喘ぐ声を聞いただけで
出してしまう者もいる。幼虫の孕み方も異常で、
大量の奇形児をバカみたいに孕んでは産み垂れ流した。
四つ子、五つ子は当たり前。 子宮内で肉蟲が融合と分裂を繰り返し、
まるで球根のように増殖し繁殖している。
気持ちイイ♥ もう…死ぬまでこのままでいい…
何もかも…何もかも……。

何だろう…遠くから近付いてくるあの音は…
バラバラと鳴り響く騒音。ぼぅっと視界に映るのは…
「まさか生きているとはな、おかげで儲けさせてもらったぜ」
男…近藤だ。私を楽園へ連れてきた彼がなぜ?
ここは? ヘリの中? どうして?
「おい、そいつ目あけてるぜ」
「大丈夫、とっくに阿呆んなって何もわかんねーよ」
そんな会話が薄らぐ意識の彼方で聞き取れる。
「おまえの役目は終わりだ。あの島はまたしばらく生き続ける。
 これからおまえは実験材料として故郷に帰れるんだ。良かったなぁ」
男たちのゲタゲタと笑う声。
故郷に帰れる?
あの楽園こそ私の故郷だ!
嫌だ!帰りたくない!
島へ戻って!
私の島へ!!
コクピット内に飛び散る鮮血。
わたしの食らい付いた近藤の首は、彼等よりずっと脆かった。
パニックになる機内。操縦席に踊り込み暴れる私。
空が回る。
重力が変な方向を向いている。
海だ。
青くて綺麗な海。
白い雲とキラキラした反射光、
海面に叩き付けられ砕け散るヘリコプター。
これできっと帰れる。
私のいるべき本当の家に…。

波の音…
砂浜…
…私、まだ生きてる。
ここはアブソロムじゃない。
遠くに民家も見える。
戻ってしまった。人間の世界に…
でも…
私は自分のおなかに手を当ててニッコリ笑った。
中ではしきりにピクピク動いている"それ"を感じられる。
「行こっか」
…やがてここも、私たちの島になるのだ。

               -END-

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