13.子殺し

澪は冷静たろうとして慎重な行動に努めてきたが、もう限界だ。
麗香も痺れをきらしていた。セックスをした後の男は冷める。
ひとしきり行為の終わった怪虫はすぐに襲ってこないのではないか。
回復するより先にまず船を発進させ、その間にスタンガンを手に入れる。
麗香が浅知恵を働かせている間に澪が堪り兼ねて武器を探し暴れはじめた。
いや、実際は武器を探すといった明確な目的があったわけではない。
声もなく、とにかく手に触れるもの手当たり次第を引き寄せる。
揺れに対応し殆どの家具は固定されているのだが、
選る間もなく椅子もカウンターも全力で持ち上げようと必死になり、
その度に返って澪の体は振り回され、スリップする。
当初の予定とは違ったが、チャンスと考え麗香は無我夢中で船内の闇にもんどりうった。
つんのめりながら操縦桿まで一直線で辿り着き発進を押す。
しかし動かない。アラームが鳴って


「動かない・・・船が動かないの、澪! 異物は除去したんでしょ!?」
麗香は痙攣する体を押してようやくコントロールパネルの前に
たどり着いたものの、船が発進しないため半べそをかいている。
澪が操縦桿を固定したためだ。
だがパニックに陥った澪は蚊の鳴くような麗香の泣き言など眼中に入らない。
澪の手は連れた備え付けの小型消火器を強引に引きはがす。
小型とはいえ消化液の詰まったボンベは鉄の塊である。
ずっしりと重いそれを両手で抱きしめたまま、
澪は戸棚と壁の狭い隙間にしゃがみこんだ。
壁を背にしたため倉庫から心配そうに澪を眺める姫子と視線があった。
すっぽりと体が嵌っているので方向転換はできない、
だが、それは澪がこれからやろうとしている行為にとっては好都合だった。
海水なのか雨なのか、それともすべて恐怖のなす汗なのか、
ずぶ濡れの澪は、腹の底でうねる幼虫を確認し、
視線を姫子から消化器へと移す。
震えは止まらないが寒くはない。
消化器の表面がひんやりと心地よかったくらいだ。
が、それもすぐに体温であったまってしまった。
ごくん
固唾をのんでから意識的に大きく呼吸をし始める。
本来は落ち着くための深呼吸だが、今回ばかりは逆、
理性を捨て、躊躇いを捨て、
自らを勢いづけ奮い立たせる過呼吸へ至るための儀式。
姫子は澪がまだ何をしようとしているのか気が付かなかった。
怪訝さも含んだその視線とは別に、命の宿った自らの下腹部を
母性に目覚めた手つきでさすりながら・・・。
「(姫子、あなたにとってこいつらが何なのかは知らない。
  でも私にとって何なのかはハッキリしてる)」
幼虫を腹から追い出す。それが無理なら押し潰して殺す!
澪は覚悟を決めた。
姫子はまだこっちを見てる。
今ここで自らの腹部へ消化器を振り下ろせばどうなるか。
きっと姫子は止めに入るだろう、なぜなら
姫子はこいつらを友達か何かと思っているから。
これだけ重い消化器だ、消耗しきった体で、
うまく腹に当てられるとは限らない。
仮に当てたとしても1発では効果が薄いのではないか。
その後私のやろうとしていることを察した姫子が
執拗に妨害をしてきたら、もう次はない。
妨害がなかったとしても、これを腹に振り下ろして私自身が無事なはずない。
失敗は許されないんだ。
だとすれば・・・。
「澪! どうなってんだってきいてんだろぉが!!」
麗香が視界から消えた澪に半狂乱で訴えている。
姫子の目線はついに澪から離れて麗香へと向けられた。
「何をそんなに騒いでいるの? 私はあなたが怖い・・・でも、
 あなたも選ばれた人。だから差別はしない。等しく祝福を受けるべきだわ」
我に返った怪虫は、巨体を這いずって麗香の方向へと躙り寄る。
「あなただけまだ空っぽで寂しかったでしょう? この子達で満たしてあげる」
麗香は腰を抜かし、近づく醜怪な生物に絶望するしかなかった。
「(注意は逸れた。今しかない)」
澪は消化器の底を腹の上に当て狙いを定める。
円筒形の容器の底は、角の部分が円みを帯びており、そこを接点に据える。
消化器を抱きかかえるようにしたまま、背を丸め、ゆっくり力を加えていく。
股は開いたまま脱力し、息を少しずつ抜いていくように、
歯磨きチューブをお尻からぐーっと押し出していくイメージだ。
異変に気が付いた幼虫が激しく身をくねって抗った。
ただでさえ下半身から意識を鈍化させ感じまいとしていた異生物を、
じわじわと上から圧迫していくことで、
やわらかい敏感な腹の肉と、ダイレクトに伝わる内壁の触感から、
まるで全身の神経がそこに集中してるかのように、
それの形状も、それの体温も、それのぬめりも、それの臭いまでもを
丁寧に丁寧に確かめた。
精神的苦痛と肉体的苦痛と、なにより体感しているおぞましさから
吐き気をもよおし、ともすれば漏れ出そうになる嗚咽を必死に押し殺した。
子宮口が緊張してキュッと締まっている。
幼虫のみならず、雌の肉体が我が子と誤認して護っているかのようだ。
「ふぅ〜・・・ふぅ〜・・・」
澪は追い出すことを諦め、幼虫を圧死させるプランへ以降した。
押しつけていた部分を消化器の丸い角から、底の面に変え、
一呼吸置いてから体重をかけていく。
澪の全身はぶるぶると震えだし、
ブレーキをかけようとする身体反応をねじ伏せる。

げェ・・・

母親の殺意を感じ取った幼虫は全身のバネを使って暴れ続ける。
澪の瞳は充血し、耳鳴りが強まり、
これほど出るものかというくらいよだれを垂れ流す。
「(死んで! お願いだから・・・もう死んで!)」
静かな、ひたすらに静かな殺戮は続く・・・。

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